この中華鍋がなければ横浜中華街の「味・価格」は変わっていたかも? カリスマ中華鍋・山田工業所の工場を訪ねて分かった人気の秘密

■鉄板を5000回叩いて丸く打ち出す中華鍋

山田工業所の中華鍋は、今から75年以上前、2代目・豊明さんの実父の創業者が廃材のドラム缶を切り出し、それを叩いて丸くし、鍋にして卸したのが始まりでした。一枚の鉄板を叩き出したもので、熱伝導の安定感・軽さに優れており、規定サイズのものしか作れないプレス中華鍋などに対し、山田工業所はあくまでも職人技が光るアナログ製法なので、料理人ごとの細かいオーダーにも対応することができました。

これらのことから横浜中華街で絶大な支持を得ることとなり、その存在が多くのメディアで取り上げられるようになり、さらに一般にもその名が知れ渡るに至ったものでした。

3代目・憲治さんはこう言います。

「現在は機械を使って、1枚の鉄板から5000回以上を叩き中華鍋にしていますが、基本的な『叩き出し』は先代からの技術のままです。プレス製法の中華鍋は、鉄の面が圴一で、結果的に火の通りに時間がかかります。これに対し、当社の中華鍋は、叩き出す際、意図的に鉄の面に細かい点と点を設けるようにし、火の通りが圧倒的に良くなるよう工夫しています」(3代目・憲治さん)

▲規定サイズに切り出した後、これを丸く叩き出します

実際に工場内を見学させてもらいました。巨大な1枚の鉄板を規定サイズに切り出した後、機会を使ったガンコンガンコンと叩き出し、細部の曲げや錆止めなどを経て完成(出荷待ち)となるわけですが、この工程の随所に複数の職人が作業を行っています。皆さん、職人であることには変わりないですが、とても親切に取材に応じてくれたのも印象的でした。

聞けば「仕事は楽しくやらなくちゃいけない」というのも山田工業所の社風なのだそうです。

「なるべくなら『嫌な会社』にしないで、『楽しい会社』にしたいと考えているので。仕事は和気あいあいとやるのが一番ですからね。ただ、今は厳しい時代になりましたよ。昔は楽しく、従業員同士が信頼し合っていれば、軽く冗談でひっぱたいたりするようなこともコミュニケーションのひとつでした。でも、そういう冗談でも、すぐ批判を浴びちゃうんでね。残業もさせられなくなっているので、今は1日あたりの中華鍋の生産も限界があるんです。だから、結果的に皆さんにお待ちいただくしかない状況になっています」(2代目・豊明さん)

 

■中華鍋の正しい使い方と「大小どちらが良いか」の素朴な疑問

山田工業所の中華鍋の特長がよくわかったところで、次に正しい中華鍋の使い方も聞きました。

「中華鍋を強火にかけて、鍋から湯気が出たら温まった証拠です。そこから油を敷き食材を炒めると良いでしょう。調理し終えた後は、洗剤を使わず、ササラ(竹製の中華鍋専用の掃除道具)で丁寧に水で流してください。その後、きれいになった中華鍋を再び火をかけて水気を飛ばし保管しておくと良いでしょう」(2代目・豊明さん)

また、素朴な疑問もあります。それは「中華鍋は小さいものが良いか・大きいものが良いか」というもの。例えばお椀一杯分のご飯を炒めて炒飯を作るとした場合、大きい中華鍋よりも小さい中華鍋は火の通りが早く良いような気もしますが、どうなのでしょうか。

「いや、それは大きい中華鍋のほうが良いですよ。うちの中華鍋は一般サイズが直径27cmなのですが、できれば直径30cmのもののほうが良いです。小さい中華鍋は確かにすぐに火は入るのですが、具材を入れた際に中華鍋が冷めるのも早いんです。だからベチャベチャになったりするんですね。それよりも大きい中華鍋をしっかり温めて、少ない具材を炒めるほうが良い。だから、家庭で中華鍋を購入される場合は、できれば想定されているよりもワンサイズ大きめのほうが良いですよ」(2代目・豊明さん)

 

■長年使い続けた中華鍋に起こりがちなこびりつき

▲筆者所有の山田工業所の中華鍋

▲フチの周りのこびりつきをなんとかできないものか…

実は筆者も10年ほど山田工業所の中華鍋を複数使っています。そのうち、メインにしている中華鍋は、長年の料理のせいでフチの周りに油などが膠着しガチガチに固まっています。これは良いのか悪いのか…この点については3代目・憲治さんに聞きました。

▲筆者の中華鍋を厳しく審査する2代目・豊明さんと3代目・憲治さん

「使いすぎですね(笑)。こうなると火が当たっている底面とこびりついたフチの周りで温度が圴一にならないんじゃないかと思います。でも、中華料理店のコックさんの中には、こういうこびりつきをあえて作り、調理の工夫をしている人もいます。だから一概にはこういうこびりつきが絶対ダメだとは言えませんが、プロのコックさんでなければ、やはりこういうこびりつきがないほうが調理はしやすいはずです。なので、普段から念入りに洗っていただくほうが良いと思います」(3代目・憲治さん)

▲なんと3代目・憲治さんが筆者の中華鍋のこびりつきを、特別に焼いて剥がしてくれました

 

■破格の卸値の理由は「取引先に儲けて欲しいから」

前段で触れた通りの手間がかかっている山田工業所の中華鍋ですが、その価格は数千円〜と特段高いわけではない点もかなり魅力です。しかし、ここで思わぬ複雑な思いを抱いたことがあるとも2代目・豊明さんは言います。

「昔ね、私が出たテレビを見たお母さんから連絡がありました。その息子さんが都会で中華料理の修行をし、地元に帰って独立したお店を始めるのだと言います。そこでお母さんは、息子さんに対し『中華鍋をお祝いにプレゼントしたい』と言うわけです。その話を聞いて、うちでは卸値でお母さんに販売しようと思ったんだけど、お母さんはその価格を聞いて愕然としていました。『そんな安いのはダメです。お祝いですから高いのでないと』と言うわけです(笑)。『いやいや、一般で高額で売られているのと同じですよ』と言ってもなかなか理解してくれなくて困った、ということがありました(笑)。うちでは『卸先の業者さんに儲けてもらおう』と考えているので、実はうちの卸値はとても安いんですよ。でも、それは『うちが良いことをしているんだぞ』と言いたいわけではなくて、あくまでも取引先の皆さんと一緒に仲良く仕事を続けていきたいからなんです。だからこそ、いざとなった場合は卸先であっても文句を言うし、やりたくないことはやらないとも言う(笑)。でもお金のやり取りだけで『人の気持ちを蝕む』ような取り引きは私はイヤですね。そろそろ息子の世代だから、また変わっていくかもしれないですけど、これからも従来の中華鍋の作り方、私たちのやり方で続けていけば良いと考えています」(2代目・豊明さん)

▲山田工業所がカリスマ姿されるのは、中華鍋の特長だけでなく、その企業姿勢にもあるように思いました

*  *  *

山田工業所の中華鍋がカリスマ視されるのは、使いやすさなどの特長だけでなく、こういったいぶし銀のアツい企業姿勢も理由のひとつのように思いました。

中華鍋の購入を考えている方は山田工業所の中華鍋をぜひチョイスしてみてはいかがでしょうか。実用面での優位性はもちろん「持っているだけで、気持ちが高ぶる」一品です。

<取材・文/松田義人(deco)>

松田義人|編集プロダクション・deco代表。趣味は旅行、酒、料理(調理・食べる)、キャンプ、温泉、クルマ・バイクなど。クルマ・バイクはちょっと足りないような小型のものが好き。台湾に詳しく『台北以外の台湾ガイド』(亜紀書房)、『パワースポット・オブ・台湾』(玄光社)をはじめ著書多数

 

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