今やマツダといえば“SKYACTIV(スカイアクティブ)テクノロジー”。エンジン、トランスミッション、シャーシ、ボディといった、基本的なテクノロジー群の総称…というより、既存の技術を「徹底的に磨き上げていこう!」という、一種のフィロソフィといっていいかもしれません。
SKYACTIVは、2010年に正式に発表されました。当時マツダは、2008年のリーマン・ブラザーズ投資銀行破綻に端を発したリーマンショックの影響を受け、存亡の危機に瀕していたのです。自動車メーカーとしての生き残りをかけた大戦略、それがSKYACTIVだったわけです。
“次世代のクルマ”として、ハイブリッド、電気自動車、はたまた燃料電池車と、さまざまな車種が取りざたされています。そんな中、経営資源の限られる中堅メーカーとして、ギャンブルを避け、まずは足もとの技術をできる限り底上げする。企業の身の丈にあった堅実な路線ですが、進歩が早く、変化が激しい自動車業界にあって、地道にやりとおすのは難しいことだったろうと想像されます。
SKYACTIVを全面的に採用したモデル第1弾が、2012年に登場したCX-5でした。このクルマの成功があったからこそ、2015年にフォードがマツダから手を引いても、広島の自動車メーカーは独りでやっていくことができたのです。いいかえると、SKYACTIV路線が正鵠を射ていたのです。
そして、先日デビューした2世代目のCX-5で、SKYACTIVは次のステージに移りました。…とはいえ、どうもマツダのクルマづくりは“哲学=考え方”が先行して、本当の良さが伝わりにくいきらいがあります。「実際のところ、どうなの?」という具体例を、剣淵の試験場で確認することができました。
マツダ車の特徴。その第1はドライビングポジションです。自然に手を伸ばしたところにハンドルがあり、足の先にペダルがある。当たり前のようですが、無意識のうちに「人がクルマに合わせている」なんてことも意外に多いですよね。
デザイン、ボディ剛性確保のための構造材、エンジン、トランスミッション、そしてプロペラシャフトといった動力系の配置、さらに、さまざまな快適装備の搭載といった多くの要素が、運転席まわりで空間を取り合い、理想的なドライビングポジションの確保を妨げます。右ハンドル車の場合、ホイールハウスが右側から張り出すのも、設計を難しくする要因です。
マツダは「人間中心の開発哲学を貫く」として、全車、統一的に自然なドライビングポジションを実現しています。ご存じの方も多いかと思いますが、マツダ車のアクセルペダルは、オルガン式といって床から生えています。ペダルを踏む足先の動きから考えると、上からペダルを吊るすより、床から生えている方が合理的ですからね。踏みやすく、細かなスロットルコントロールをしやすい。ポルシェやBMWなどは、当然のようにこの方式を採用しています。
自然なドライビングポジションは、例えば、スノーブーツを履いての運転も楽にしてくれます。無理なくステアリングホイールを回せて、足もとに迷いがない。安全にもつながる基本的な要件といえます。慣れないスノーブーツを履いて、やはり不慣れな雪上を走ってみると、そのありがたみが身に染みます。
雪上試乗会ですから、もちろんマツダ自慢の“i-ACTIV(アイ・アクティブ)AWD”を試す機会も与えられました。本気で「2輪駆動(FF)モデルを上回る燃費を実現しよう」としている4輪駆動システムです。
その機構を、ちょっと復習しましょう。横置きされたエンジンから取り出された動力は、隣接するトランスミッションをとおり“パワーテイクオフ”デバイスを介して方向を90度変え、プロペラシャフトに送られます。シャフトの後端には、電子制御式の多板クラッチユニットとデファレンシャルが一体化して設けられており、後輪へ伝える駆動力が調整されます。
“ビスカスカップリング”を用いた、いわゆる簡易な“生活ヨンク”(必要に応じて受動的に後輪を駆動する)の場合、ビスカスユニットを後ろに置くことが多く、一方、複雑な多板クラッチを使う場合、後輪に駆動力を振り分けるユニットをフロント側に持ってくることも多いのです。
i-ACTIV AWDが、AWDユニットをリアに置いた理由を聞くと「前席の床まわりを侵食したくなかったから」とのこと。「あそこは“聖域”ですから」と、担当エンジニアの方は笑っていました。ことほどさように、マツダは適正なドライビングポジションを取ることを重視している、その傍証です。
もっとも、i-ACTIV AWDは過剰なスポーツ性能、踏破性能を排して、日常使いに徹し、その分、軽量・コンパクトを目指したシステムですから、リアに置くことが可能になった、ともいえます。
この日、後輪をモーターで駆動するe-4WDを搭載した先代「デミオ」と、最新のデミオを比較することができました。前輪が滑って初めて後輪が駆動されるe-4WDと比べ、最新のi-ACTIV AWDを採用した最新デミオは、シームレスに駆動力がコントロールされます。いわば“滑る前に”後輪にトルクが渡されるので、静かでスムーズです。
雪国と縁がないユーザー(ワタシのことです)としては「滑ってから4WDシステムが稼働するとしても、スタック状態を脱出できればいいのだから、それで十分」と安易に考えていたのですが、間違っていました。フルタイム4WDなら、常に、運転者が知らないうちにサポートしてくれるので、ハンドルを握っていての安心感が段違いに高いのです。
雪道ならずとも、通常の乾燥路面でも、程度の差こそあれ、同じ現象が起こっているはず。フルタイム4WDは、走行中の安全マージンを広げるシステムということができます。過剰な性能を捨て、AWDの課題である燃費の向上に注力するマツダのi-ACTIV AWDは、実に正しいトライだと思います。
ちなみに、新型CX-5のAWDシステムは、従来のローラーベアリング(下の写真左)をボールベアリング化(下の写真右)するなど、さらなる低抵抗化=効率アップを図っています。
最後に、SKYACTIVステージ2(!?)の先陣を切って発表され、順次マツダ車への搭載が進んでいる“Gベクタリングコントロール(GVC)”の体験試乗が実施されました。
GVCは、ステアリングを切る動作中に、エンジンの出力をわずかに絞ってクルマの荷重を前へ移し、舵の利きを良くする仕組みです。なかなか効果が分かりにくい技術なので、剣淵でのイベントでは、わざわざGVCのオン/オフスイッチを設けた試乗車が用意されました。
路面ミューの低い雪上コースでは、GVCの効果が如実に出ます。普通に走っているだけでも、GVCがオンになっていると、曲がる時にクルマの膨らみが少なく、望むラインをたどりやすいことが実感されました。ありがたいことです。
細かいことですが、GVCについて、個人的に疑問に思っていたことがあります。それは、ステアリングを切った時にエンジン出力を絞るのはいいとして「ステアリングを戻す時は、どうなっているのか?」ということ。
コーナリング速度を高めるためには、ステアリングを戻す時に、わずかにエンジン出力を上げた方が効果的です。ただし、そうすると、GVCがやはり効果を発揮する“直進時の安定性向上”に弊害がありそうです。
念のため説明しますと、ドライバーは直進時にも、路面の荒れや風などの外乱に反応し、無意識のうちにハンドルを修正しています。GVCはその動きを察知し、ステアリングを動かすか動かさないかのうちに、修正を終了してしまうのです。
雪上試乗会の最後にQ&Aタイムがあったので、質問してみました。答えは「GVCは何もしない」でした。つまりGVCは、ステアリングを「中立から回す」と「中立へ戻す」を区別して、回す時にエンジン出力を絞り、戻す時には何もしないのです。コーナリング脱出時の出力アップは「ドライバーがアクセルペダルを踏むことで行って欲しい」ということです。
シンプルでいいですね。GVCは、つまりソフトウェアによるチューニングですから、機能がシンプルな方が汎用性が増します。モデル間の横展開がしやすくなるわけです。
GVCを搭載したマツダ車に試乗するたびにモヤモヤしていた疑問が解消され、明るい気分で帰路のバスに乗り込んだのでした。
(文&写真/ダン・アオキ)
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