映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【7】救われたお風呂屋さんのボンボン時計

■古い機械時計趣味

僕が、ゼンマイで駆動する機械式時計を好きになって何年たつだろうか?

確か90年代初頭の頃だから、ぼちぼち25年ほどになる。

 

最初は古い腕時計だった。

当時、付き合ってた彼女とお互いに楽しめそうな物は何だろう? と、気軽にアンティーク時計屋を覗いたのがキッカケだった。

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以来、僕は古い機械時計の魔力にすっかり取り憑かれたまま、今に至っている。

40年代ぐらいの古い腕時計を中心に、古い置き時計、柱時計もそこそこ集まってきてしまった。

うちにある国産のアイチというメーカーの21日巻きボンボン時計は、1994年にアンティーク屋さんからうちに来て以来、約23年間、ほぼ毎日動いている。その間、オーバーホールは2回のみ。今でももちろん現役で、実用品としていつもボーンボーンと元気に時間を知らせてくれる。

この時計は推定50年代か60年代だから、製造されてからほぼ50年は経っている。

しかし壊れる気配もなく、実に元気だ。時間も一ヶ月で誤差プラスマイナス5分ぐらいだろうか?

季節によって多少遅れたり進んだりするので、振り子を微妙に下げたり上げたりして微調整する。この作業も特につらい事もない。

通常のボンボン時計は14日巻きが多く、基本、2週間に一度はゼンマイを巻かなければならないが、このアイチは21日巻きなので3週間に一度。しかしゼンマイに少しゆとりを持たせているのか、ちょうど一ヶ月、しっかり動くので楽だ。

僕はクォーツ時計の「カチッ、カチッ」と引っ張られるように鳴る音は嫌いなのだが、機械式の「カッチ、コッチ」とゆっくりと時を刻むやさしい音はまるで気にならない。いや、気にならないどころか、気に入っていて、この音がないと落ち着かないぐらいだ。

そして、何よりも恐るべき長寿なのが気に入っていて、今や我が家になくてはならないものになっている。

1994年当時、1万2千円ぐらいだったと記憶している。

ちょっと珍しくて状態の良いものでも国産の一般的な柱時計なら数万円程度だろうか?
アンティーク屋さんでも、今もそれほどの価格の上昇は無いと思われる。
そう思うと恐るべきコストパフォーマンスの良さだ。

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■100年休まずに…

「おじいさんの古時計」という歌がある。

その中で「100年休まずにチックタック~」という歌詞があるが、これはウソではなく本当の話だ。

昔、しっかりと作られた時計は、手入れさえすれば本当に100年ぐらいは平気で動くのである。

 

うちには1台、メーカー不明のウエストミンスター置き時計がある。

イギリスのウエストミンスター寺院の鐘が鳴る時計だ。

小学校の4拍子の、あの鐘が1時間の間、15分ごとに4回鳴る時計なのである。

この時計は15年ほど前に、たまたま、のみの市で発見し鐘の音色がとても美しかったので8千円ほどで購入した。今でも頻繁にうちで元気に動いている。

驚くのはその年代だ。ケースの裏に昭和十一年 七月 横浜銀行 贈呈と記してある。当時、どこかから贈呈されたものらしい。

昭和十一年というと1936年。この時計は少なくとも、それ以前に製造されたものという事になる。同じ年に作られたとしても今年で81年。僕が購入してから一度もオーバーホールしてないのに、狂う事もなく元気に美しい鐘の音を室内に響かせながら15年ほど動いている。

これには驚かされる。

 

今の時代に作られたもので、これほどの耐久力のあるものがどれだけあるだろうか?

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■お風呂屋さんの大時計

うちのすぐ近くには銭湯がある。

僕もよく入りに行っていたのだが、去年の夏ぐらいにご主人が亡くなってしまい、今は閉められて再開の目処がたっていない。

 

そんな去年の、ある日のことだった。

銭湯の裏手の、半分ぐらい外にある駐輪スペースに、この写真の大時計が放置されていた。いつもなら通りすぎるのだが、この時は気になって、この時計を見に立ち寄った。しげしげと見ると、シンプルで実に端正な佇まいで、いい顔をした時計だった。ケースは少し破損しているが致命傷はなく、欠けてる木片も全てある。文字盤も綺麗だし、ケースのガラスも割れたりヒビが入ってるわけではない。ゼンマイのキーもあり、振り子もあり、欠品は無い。ゼンマイも切れている様子はなかった。
たぶんご主人が亡くなったので、整理のために粗大ゴミとして捨てようとしているのだと思った。

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しかし、ケースが少し破損しているだけで、たぶんゼンマイを巻けば普通に動くはずだ。

つまり、普通に生きている。

 

縦が1メートルもある大時計だった。

 

おそらく昔、街の公会堂や集会場など、少し広いスペースで使用されるために作られたものなのだろう。

昔、この銭湯で使用されていたのだと思った。

 

この日は特に行動を起こさなかった。

しかし、その後、数日間、この時計が気になって仕方がなかった。

前記したように、僕は古い時計の優れた耐久力を知っていたし、何よりもあの時計が救いを求めているように思えてきてしまったのだ。

 

あまりにも大きい時計なので、うちには不釣合で使えないけど、とりあえず引き取って何とかしようと思った。

まだ生きているのに、粗大ゴミとして出されるのを黙って見過ごす事はできなかった。

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■暮らしの古時計

かように、古い機械時計というのは、よほど雑に扱われたり部品が特殊でない限り、ほぼ直る。「おじいさんの古時計」で「今はもう、動かない~」とあるが、あれはウソだ。しかるべき調整、整備をすれば、おそらく再び動き出すだろう。

しかし、今はこういう時計を直せる職人さんがどんどん減っている。

僕はそれが心配だ。

100年も動くのに100年後はどうなっているだろう?

 

後日、銭湯のおばちゃんに会って無事にいただく事ができた。

 

この時計の現役時代はちゃんとオーバーホールもしてたし、丁寧に長く使い続けていた、という事だった。

 

その後、この時計は、僕がよくお世話になっているアンティーク屋さん、下北沢のnonsenseさんに引き取っていただいた。

しばらく調整、ケースを直して、再び第二のオーナーに出会うため、店頭に並ぶ事になるだろう。興味のある方は問合わせてみてほしい。

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嫌がる人もいるようだけど、僕は古い機械式柱時計のやさしいカチコチ音がとても好きだ。

あの音を普段聞いてるだけで、とても気持ちが落ち着く。

みなさんも、暮らしの中に古い柱時計を取り入れてみてはどうだろうか?

>> この時計のお問い合わせはこちらにどうぞ nonsense

 

※余談ですが、今回のモノクロ写真は35mmのモノクロリバーサルフイルムで撮影しました。

それをライトボックスの上から携帯で直接撮影したものです。モノクロのリバーサル(スライドフィルム)も現在、絶滅危惧種です。

ついこの前まで、日本では現像できませんでしたが、最近、田村写真さんがめでたく現像を開始しました。フイルムは、北海道のかわうそ商店さんで通販にて購入できます。モノクロリバーサルフイルムは、ゾッとするほど美しいです。暮らしのアナログ人間としては大推薦なのです。みなさまもぜひお試しください

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>> かわうそ商店

>> 田村写真

 


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(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。

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